マサダ
 ユダヤ人最後の要塞
 マサダは山の頂上をスパっときったような形をして、そんな荒野の中から現れた。 70年、ローマ軍に攻撃されエルサレムが陥落し、逃げのびたユダヤ人900人が 2年間にわたり抵抗し続けた要塞。それがマサダである。もともとは、紀元前 100年頃に要塞としてつくられ、その後、ヘロデ王によって増築強化された。 その頂上の遺跡はヘロデ王の権力の象徴か?豪華で壮大である。大理石がない ため、壁に漆喰をほどこして装飾し、床には美しいモザイク画が今でも残って いる。大浴場、壁、床に管をめぐらしてつくったスチームサウナ、そして特に 美しいのは三層からなる冬の宮殿。しかし、そんな華やかな建造物とは 裏腹にここはユダヤ人にとって悲しみの舞台となってしまったのである。
 追いつめられたユダヤ人はマサダで抵抗を続ける。巨大な貯水槽に少ない雨水 を蓄え、食料を備蓄して900人もの人が生活していた。貯水槽は4万tもの水を 貯められるようになっており、その一部の遺跡を今でも見ることができる。 また、シナゴーグの後もあり一致団結して戦いぬくことを神に誓ったのだろう か?攻めるローマ軍1万人はマサダを囲み、頂上からみると攻撃の拠点とした 小さな要塞があるのがわかる。しかし、灼熱の太陽、飢え、乾き、そして断崖絶壁にはばまれ容易に攻めることはできなかったのだろう。
  ここの日差しは、ジリジリと音をたてて焼けつくようだ。私たちは、ケーブル カーで簡単に頂上まで行ったが”ヘビの道”(登山道になっている)を歩いて いくと約二時間はかかる。観光客が数人、登っていたが脱水症状をおこした 人がいるようで、山のふもとには救急車が来ていた。
 さて、抵抗を続けるユダヤ人にローマ軍は奴隷としてつかっていたユダヤ人を 攻め込ませた。山の頂上から石を落として戦っていたマサダのユダヤ人はそれ を確認すると、もはや戦うことはできなくなってしまったのである。 ローマ軍の手に落ちることよりも、自決を選択し、女性、子供を残してマサダ は陥落する。その時は、手腕の強いものが10人選ばれ、最後はこの10人の中か ら選ばれた人がみんなの最後を確認して自決するという悲劇となってしまった のだった。そして、ユダヤ人離散の歴史がスタートするのである。
 私たちはこの話をマサダの遺跡で聞きながら、胸がしめつけられるような気持 ちだった。イスラエルでは、18歳になると男女ともに兵役義務があるが、ある 部隊の入隊宣誓式はここマサダで行われるそうだ。”2度とマサダは落とさせ ない”この言葉には、ユダヤ人の悲しい歴史と、何者にも屈しないという思い が伝わってくる。