ベツレヘム
 イエスキリスト生誕の地
 イエス・キリスト誕生の地ベツレヘム、そのイメージはまさに 聖なる場所として静かな巡礼者の集まるところなのだろうと 想像していた。私たちは、この旅で二ヶ所目のパレスチナ自治区に 足を踏み入れることになった。ベツレヘムにはいる前、簡単なゲートを通過した。パレスチナ問題が 過熱していた頃は、クリスマスのミサも中止になっていたというから イエス誕生の地でも、イスラエルとパレスチナの問題は避けて通れないのが 現実のようだ。バスを降りてゆるやかなカーブした坂道を登っていくとメン ジャー 広場が広がっている。そこまでの道のりは、クラクションの音と排気ガス、交 通ルールを無視した違法駐車の車。この聖誕教会に続く坂道は、日本の援助で 整備されたそうだが、それでも、歩道はぼこぼこでよそ見をして歩けない。 道の反対側には、黒地に金色の文字で Bank of Arab と書かれていた。
 聖誕教会は高い城壁に囲まれていてまるで要塞のようだった。 ローマのコンスタンチヌス帝が325年に教会を建てて、現在、私たちが見てい るのは十字軍時代に外敵から守るために修復された城壁だ。入口は、人が 一人はいれるくらいに小さいもので、頭をかがめて中にはいる。 入口には、セキュリティの人が厳しい目で観光客をチェックしていた。 中を進むと正面に、この旅で見慣れた黄金のランプがいくつもさがっている 祭壇がある。キリシャ正教の祭壇だ。そして、地下に進むように階段があり、 下りると小さな石の部屋がある。そこがヨセフとマリアが泊まっていた馬小屋 だ。実際は、冷たい石の部屋で、(当時は家畜小屋は洞窟のようなところだっ たそうだ)”ほら穴”のような感じ。クリスマスカードにでてくるようなイ メージとは大違いだった。
 
 部屋の床に星印がついていて、ここが誕生した場所とされている。星の真ん中には穴があいていて、そこから手をいれると下にあ る岩に直接触ることができる。 訪れた人は、かがんで星にキスをし、その顔は感動を隠せずに紅潮しているよ うに見えた。部屋の中では、女性の巡礼者が聖書を声高らかに読んでいる。 その中は、外の喧騒とは程遠い聖なる空間だった。 人々が待ち望んだ救世主はエルサレムから10kmはなれたこの地で生まれ、 ガリラヤ湖で数々の奇跡を起こし、人々の罪を背負ってゴルゴダの丘で処刑さ れるのだ。

 会堂の床にはコンスタンチヌス帝時代の美しいモザイクが残る。それは、色 鮮やかで模様も大変美しい。 中庭にでると、ヒエロニムスの像がある、聖誕教会の地下でヘブライ語の聖書 をラテン語に訳すという偉業をなしとげた人だ。その像の足元には”しゃれこ うべ”があるが、これはヒエロニムスに、生活援助をしていたローマの婦人 パウラである。パウラの死を嘆いたヒエロニムスは、彼女の”しゃれこうべ” を傍らにおいて翻訳作業をしたそうだ。そしてラテン語に訳されたことにより キリスト教は、全世界に広がったのだった。

 メンジャー広場に戻ると、たくさんの観光客を目当てにワンダラー($1)で絵はがきやポスターを売る人達が商売をしている。また、小さな子供たちは ウォーター!と大きな声でいいながらミネラルウォーターを売っていた。  彼らにとっては、この聖地が生活のための仕事場なのだろう。ベツレヘムでたくさんのキリスト教巡礼者にまざって、イスラム教のコーラン がながれ、アラーの神に祈りを捧げるムスリム達の映像を帰国後にテレビでみた。その時の驚きは、自分のイメージしていたベツレヘムとかなり違っていたことを知ったときと同じだった。
 ベツレヘムの風景 -- いつもクラクションの音が響いている